「忙しい」という思い込み

最近、よく思う。

時間がない。

やりたいことはあるのに、
気づけば一日が終わっている。

考える余裕もなく、
決める余裕もなく、
ただ流されるように夜が来る。

そうやって、
「今日は仕方ない」と自分を納得させてきた。


データが示していた現実

少しだけ立ち止まってみた。

総務省の「社会生活基本調査」というデータを見た。

そこには、日本人の1日の平均的な時間の使い方が載っている。

一日24時間。

睡眠は約8時間48分。
有償労働は約2時間半。

そして――

自由時間は、約6時間。

思っていたより、ずっと長い。


自由時間の中身

では、その6時間は何に使われているのか。

  • くつろぎ:約2時間48分
  • テレビ:約35分
  • コンピュータ使用:約39分
  • 読書:約27分

自己啓発は、ほとんど計測されない。

もちろん、これは平均だ。

でも数字は冷静だ。

時間がないのではなく、
時間の中身を決めていないだけなのかもしれない。


選ばなかった時間も、選択だった

あの夜。

惣菜を買うか迷った時間。
ロボの前で立ち止まった時間。
値引きシールを見つめていた時間。

選べなかったと思っていた。

でも本当は違った。

その瞬間も、何かを選んでいた。

考え続けることを。
決めないことを。


30分という残り一手

6時間ある。

そのうち3時間近くは「くつろぎ」。

それが悪いわけじゃない。
休むことは必要だ。

でも、もしその中の30分を
「残り一手」を打つ時間に変えたら。

一年で約180時間。

それは偶然とは呼べない量になる。


本当に足りなかったもの

時間がない、と思っていた。

でも本当は、

決めない時間を選び続けていただけだったのかもしれない。

残り一手は、
未来のどこかにあるわけじゃない。

もう、毎日6時間分、盤上に置かれている。

さて。

今日のその6時間を、何に使うか。

それを決めないままにすることも、
また一つの選択だ。

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