戻された一冊

翌朝、

机の上に置かれたままの本が目に入った。

昨夜は開かれなかったページ。

栞も挟まれていない。

ただ、そこに「ある」だけの状態だった。

このまま置いておくわけにもいかず、

僕は一度、その本を手に取った。

ただそれは、読むためではなく、

置き場所を決めるためだった。

今思えば、通勤中に読むという選択もできたはずだった。

本棚の前に立ち、

いくつかの空きを眺めた。

本棚だけは、いつも綺麗に並んでいる。

すぐ手に取れる位置。

少し奥まった段。

視界に入らない下の方。

迷った末に選んだのは、

一番取りやすくも、一番目立つ場所でもないところだった。

「今すぐ読まないけど、

無かったことにはしない」

そんな中途半端な意思表示だったのかもしれない。

本を棚に差し込んだ瞬間、

肩の力が少し抜けた。

決断した、という感覚ではない。

終わらせた、というほどでもない。

ただ、

一度その件を保留にできたような安心感があった。

読むか、読まないか。

その判断を、

また先延ばしにしただけなのに。

あれから数日が経った。

その本は、

そこにあることが当たり前になっていた。

二週間前に来た転校生のように、

いつの間にか生活の一部になっていた。

目に入っても、

最初のような引っかかりはない。

気にしていないわけじゃない。

ただ、

「今じゃない」という理由が、

いつの間にか固定されていた。

本を棚に戻したことは、

選択だったのだろうか。

読むことを選ばなかった。

捨てることも選ばなかった。

選んだのは、

置いておくという状態だった。

指さなかった一手は、

盤上から消えたわけじゃない。

ただ、

視界の外に置かれただけだ。

選択肢だけが、静かに増えていった。

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